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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)223号 判決

上告人

宝商会こと

和田一二一

代理人

坂本好男

被上告人

大三商事株式会社

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人坂本好男の上告理由について。

原審の認定した事実によれば、訴外日新化学工業株式会社および被上告会社の代表取締役を兼ねていた井上昭三は、昭和三四年一一月三〇日、当時訴外会社が上告人に対し負担する五四万〇四一八円の売掛残代金債務につき、被上告会社を代表して、上告人のため保証をするに至つたというのである。このような事実関係のもとにおいては、右保証は、商法二六五条にいう取締役が第三者のためにする取引に当るものと解するのを相当とする。けだし、同条にいわゆる取引には、取締役と株式会社との間に直接成立すべき利益相反の行為のみならず、取締役個人の債務につき、その取締役が会社を代表して、債権者に対し債務引受をなすがごとき、取締役個人の利益にして、会社に不利益を及ぼす行為も、取締役の自己のためにする取引としてこれに包含されることは、既に当裁判所大法廷の判示するところであり(最高裁昭和四二年(オ)第一三二七号同四三年一二月二五日大法廷判決民集二二巻一三号三五一一頁)、この趣旨に鑑みれば、甲乙両会社の代表取締役が、甲会社の債務につき、乙会社を代表して保証をなすが如き場合も、甲会社に不利益を及ぼす行為であつて、同条にいう取締役が第三者のためにする取引に当るものというべきであるからである。

したがつて、本件保証は、同条の定めるところに従い、被上告会社の取締役会の承認を受けることを要する行為というべきである。

そして、取締役が同条に違反して取締役会の承認を受けないでした行為は、無権代理行為として株式会社に効力が及ぶことがないのであるが、本件保証のようないわゆる直接取引に当らない場合にあつては、株式会社は、相手方に対して、その取引につき取締役会の承認を受けなかつたことのほか、相手方の悪意を主張立証して始めて、その無効を主張しうることは、当裁判所の判例とするところである(前記大法廷判決参照)。

本件において、被上告会社は、相手方債権者である上告人の前記悪意を何ら主張するところがないから、上告人に対して、本件保証の無効を主張することができないものというべく、本件保証が被上告会社取締役の承認を受けないでした行為であるとの一事により、たやすく上告人の本件請求を排斥した原判決には法令の適用を誤つた違法がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、被上告会社のその余の抗弁につき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を大阪高等裁判所に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に則り、裁判官松田二郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。

私は、商法二六五条にいう「取引」とは、取締役またはその代理もしくは代表する第三者と会社との間に直接成立する取引で、利害の衝突を生ずべき債権契約のみを意味するものと解する。したがつて、本件保証は、同条にいう「取引」には当らない。その理由は、昭和四二年(オ)第一三二七号同四三年一二月一五日大法廷判決に示した私の意見を参照されたい。よつて、右保証に同条の適用があるとした原判決は違法であり、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。しかして、被上告人主張の消滅時効の抗弁について、原審において更に審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差戻すべきである。

なお、一言するに、仮に前記大法廷判決を是認するにしても、本件についての多数意見はこの大法廷判決に牴触するものと思われる。けだし、この大法廷判決は、商法二六五条をば取締役個人の債務につきその取締役が会社を代表して債権者に対し債務引受をするが如き場合にまで拡張したものであるが、そこには一つの制約が付せられている。右大法廷はいわく、「商法二六五条は、取締役個人と株式会社との利害相反する場合において、取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為が濫りに行なわれることを防止しようとする法意に外ならない」と(民集二二巻一三号三五一二頁)。しかるに、本件は、甲乙両会社の代表取締役が、甲会社の債務につき乙会社を代表して保証をした場合であるから、甲乙両会社の利害は相反するにせよ、「取締役個人と株式会社の利害が相反する」とは直ちにいい得ないからである。このように考えると、本件の多数意見は前記大法廷判決に牴触するものというべきである。

(長谷謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

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